大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所郡山支部 昭和44年(ワ)240号 判決 1974年4月26日

原告

佐藤寿重

被告

株式会社佐藤商店

ほか一名

主文

一  原告に対し、

(1)  被告株式会社佐藤商店は、金一六〇万円ならびにこれに対する昭和四九年一月一九日から右金員の支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員、

(2)  被告石井慶助は、金二三〇万円ならびに内金七〇万円については昭和四五年一月一日から、内金一六〇万円については同四九年一月一九日から、それぞれの金員の支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員、

を各支払え。

二  原告の被告らに対するその余の各請求はこれを棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告と被告株式会社佐藤商店との間で生じた部分については、これを三分し、その二を同被告会社の、その余を原告の各負担とし、原告と被告石井慶助との間で生じた部分は、これを四分し、その三を同被告のその余を原告の各負担とする。

四  原告は被告ら各自に対し、それぞれの勝訴部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

(原告)

「一 被告らは各自原告に対し金二八六万三、七四二円、およびこれに対する昭和四五年一月一日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決並びにその第一項につき仮執行宣言を求める。

(被告)

1  被告株式会社佐藤商店

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

2  被告石井慶助

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決、ならびに仮執行の免脱。

第二当事者双方の主張

一  請求原因

(一)  (事故内容)

昭和四一年七月六日午後八時一〇分頃、いわき市泉町黒須野地内国道六号線上において、被告石井が運転する被告株式会社佐藤商店(以下単に被告会社という)保有にかかる普通貨物自動車(以下単に本件事故車という)は勿来方面から平方面に時速約六〇キロメートルで進行し、同市泉町黒須野字早稲田地内道路にさしかかり、前方より対向してきた車両の前照灯に眩惑されて一時前方注視が困難になつたにもかかわらず、停止、徐行等の措置をとらず、同一速度で進行した過失により、右対向車とすれ違つた直後、前方約一〇メートルの至近距離に貨物自動車が停車していたのを、はじめて発見し、急停車の措置に出たが間にあわず、これに自車を追突させ、自車に同乗していた原告に対し、後記のような傷害を負わした。

(二)  (帰責事由)

(1) 被告会社

(イ) 被告石井運転の本件事故車は、被告会社がその事業のため運行の用に供していたものであつて、事故当時も右業務執行のために運行されていたものである。それ故被告会社は原告に対し自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称)三条による損害賠償義務がある。

(ロ) 原告は被告石井の運転助手として本件事故車に同乗していたのであるが、それ故仮りに、被告会社からみて、原告が自賠法三条にいう「他人」に該らないとしても、被告石井は被告会社の従業員であり、かつ被告会社の事業執行途上、その過失行為によつて原告に損害を与えたものであるから、被告会社は民法七一五条により原告に対し使用者としての損害賠償義務を負う。

(2) 被告石井

同被告は(一)に述べたとおり、前方注視の注意義務を怠つた過失により停車中の前車に追突し、原告を負傷させたものであり、民法七〇九条により一般不法行為責任がある。

(三)  (傷害の部位、程度)

原告は本件事故のため、顔面頭部ガラス片切創挫傷(一〇数ケ所)、右手背前腕ガラス片切創、左股関節後方脱臼、左大腿骨骨頭骨折、左脛骨開放骨折の重傷を負つた。このため原告は、いわき市内医療法人櫛田病院に、昭和四一年七月六日から同年九月一日まで五八日間入院。

郡山市内財団法人太田総合病院に昭和四一年九月二日から同四二年二月二六日まで一七八日間入院。

合計二三六日間の入院加療を受けなければならなかつた。

しかも、今日にいたるまで、(イ)原告の左股関節の運動は伸展九八度、内転五五度、外転七四度と制限され、胡座不能の状態にあり、(ロ)同下肢は一センチメートル以上短縮し、(ハ)その左顔面頬の部分に著しい醜状を残しており、後遺症障害等級一二級に該当する後遺症を呈している。

(四)  (損害額)

一 慰藉料 一三一万六、〇〇〇円

(イ) 治療期間中分 九〇万円

原告は、請求原因(三)記載のとおり、重傷を負つて約八ケ月間入院した。この間の慰藉料は九〇万円をもつて相当とする。

(ロ) 後遺症障害分 四一万六、〇〇〇円

原告は本件事故の結果、後遺障害等級表一二級の後遺症が残存することになつた。

原告は昭和四一年三月福島県立郡山商業高等学校を優秀な成績で卒業、同年三月九日付で厳しい入社試験を通つて地方一流の商社である被告会社に入社した。

勿論本件事故時まではスポーツ万能の健康な青年であつた。ところが事故による受傷後は(三)に述べた後遺症に悩み、昭和四二年三月被告会社の業務に一応復帰はしたものの、力仕事を伴う倉庫番に当てられ、とうてい堪えることができず、間もなく依願退社せざるを得なかつた。未婚の原告が、一生不具の身で生活しなければならない精神的苦痛は大きい。

現行自賠責等級表上、一二級の後遺症に対する自賠責保険金給付額は五二万円であり、慰藉料額はその八〇%とされるから、四一万六、〇〇〇円が相当額である。

二 稼働能力喪失損 一五四万七、七四二円(予備的に、五五万三、六四四円)

労働能力喪失に伴う損害は、従来所得の喪失(逸失利益)と構成されてきたが、近時は稼働能力の喪失自体に伴う抽象的損害とみられるようになつた。

そうすると、事故後の物価変動等に伴つて現実の収入が増加したか減少したかにかかわらず、抽象的に損害を算出すべきことになる。

そして、基準となる年収についても、喪失時の平均賃金によるべきものである。

原告は症状が固定した昭和四三年一月一日から(当時満二一年)、その平均余命の範囲内で、なお六三才まで四二年間稼働可能であり、かつ、昭和四三年度全産業全男子労働平均給与額(賃金センサス)によれば、新高卒二一才の場合月収三万四、二〇〇円、年間賞与等九万二、八〇〇円であり、これを基準に、喪失率一四%をもつて算出すべきものである。左のとおりとなる。

(三万四、二〇〇円×一二+九万二、八〇〇)×〇・一四×二一・九七(現価係数)=一五四万七、七四二円

なお、仮りに然らずとするも、予備的に事故前の給与月額一万五、〇〇〇円を基準にして次の計算をも主張する。

(一万五、〇〇〇円×一二)×〇・一四×二一・九七=五五万三、六四四円

三 遅延損害金

遅延損害金については、各損害発生の後であり、かつ訴状送達日の以後であること明らかな昭和四五年一月一日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による金員の支払いを求める。

第三答弁

1  被告会社

(一)  請求原因(一)の事実のうち、本件事故車が被告会社の保有であること、右自動車を被告石井が運転したこと、の各事実は認めるが、同被告が安全運転をなすべき義務を怠つたことは否認する。傷害の程度は争う。被告石井は対向車の前照灯に多少眩惑されたことは事実であるが、被告の進行路上に貨物自動車が停車していたために追突したものであるから、このような場合停車中の前車は後続の自動車に対し事故を未然に防ぐため適切の措置をとらねばならぬことは、運転手として通常用ゆべき注意義務である。然るに右自動車はこの措置を取らないで道路上に停車していたので、同被告は停車中の自動車があることを予見しなかつたものである。従つて被告石井の過失は軽度のものと言うべきである。

(二)  同(二)の事実のうち、被告石井が被告会社の事業の執行につき本件事故車を運転した事実は認めるが、その余の事実は争う。

(三)  同(三)の事実は不知、

(四)  同第四項の損害額の点は、すべて争う。

とくに、逸失利益については、原告は、その受けた傷害によつて、現実に損害を蒙つていないことは、次の事実から明らかである。すなわち。

原告が被告会社に入社したのは昭和四一年三月八日で入社当時の給料は月金一万五、〇〇〇円であり、昭和四二年四月一三日退社したのであるが退社当時の給料は月金一万六、五〇〇円である。

そこで、被告会社の給与規定(右規定は昭和三八年一月一日制定施行、その後一部改訂し、昭和四五年一〇月一日再改定された)にあてはめると、原告の入社当時の給与でその後通常に昇給したとすれば現行規定によれば月給金五万〇、〇六〇円となるはずである。

原告は被告会社を退社した後二、三職場を変更し、現職場における給与は金五万三、〇〇〇円であるから、従つて、本件事故なきものと仮定し、被告会社にそのまま勤務したとして得られる給与よりも多額の報酬を受けている結果となる。よつて原告主張の後遺症によつては減収はないから、逸失利益もないと言わなければならない。

2  被告石井

(一)  請求原因(一)の事実のうち、原告主張の日時場所において、本件事故車が追突事故を起したこと、その助手席に原告が同乗していたこと、は認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同(二)の(2)の事実は否認する。

(三)  同(三)の事実はすべて否認する。

(四)  同第(四)の事実はすべて否認する。

原告は昭和四三年六月三〇日頃既に左股関節脱臼は整復しており、左大腿骨々頭骨折、左脛骨開放性骨折等も治癒し固定化し、長時間に亘り座つている事が出来るようになつたので自動車運転免許を取得し自動車で通勤し、友達と卓球やボーリングを興じ、ボーリングではスコアー一八〇点位出し、横に走つても大丈夫である、旨供述しておる、自動車運転、卓球、ボーリング等は相当の神経を要し、重労働であり、機敏なる運動神経が必要である、にもかゝわらず、これらに充分興ずることのできる運動能力を有しているのであるから、原告主張のような後遺症障害は残つていない。

第四抗弁

1  被告会社

(一)  被告会社は、被告石井を採用し、自動車運転手として就業させるについて、厳密にその技術及び経歴を検討して選任したもので、その業務の執行については、毎日就業の開始にあたり監督していたものであり、また、本件事故は被告会社において右のような注意をなすもその発生を防ぐことができなかつたものであるから、被告会社には使用者としての責任はない。

(二)  仮りに、本件事故による損害賠償請求権が発生したとしても、右債権は、民法七二四条に定める三年の短期消滅時効の完成によつて消滅した。

すなわち、本件自動車事故の発生した日は、昭和四一年七月六日であり、原告も同日その損害の発生したことを知り得たものであるから、右日時より消滅時効はその進行を開始すべきものである。よつて、同日より起算し、三年を経過した昭和四四年七月五日に本件損害賠償請求権は時効完成し、消滅した。

よつて、被告会社は原告に対し、昭和四五年一〇月二三日の第八回口頭弁論期日において、右消滅時効を援用する意思表示をした。

2  被告石井

原告は、昭和四一年二月頃被告石井に対し損害賠償義務を免除し、被告石井との間に和解が成立した。

よつて、原告の被告石井に対する請求権は消滅した。

第五抗弁に対する答弁、ならびに再抗弁

1  被告会社に対して、

(一)  被告会社の主張する消滅時効の抗弁は争う。

(二)  消滅時効の中断

一 (請求)

(1) 本件損害賠償請求権の消滅時効が昭和四一年七月六日受傷と同時に進行を始めるとする被告会社の主張はあまりに実情に合わない。原告の受傷の部位程度が明らかになつたのは、受傷後更に診察治療をつづけた後であつて、少くとも同年七月末頃までは時間が必要だつたといわなければならない。

そうすると昭和四一年七月末ないしは同年八月初めから消滅時効が進行を始めたとしても、同四四年七月二四日頃被告会社に到達した書面〔証拠略〕は、催告として有効であるから、右書面の到達した日から六ケ月以内である同年一〇月二八日になした本訴提起によつて裁判上の請求が有効になされた結果となり、消滅時効はこれにより中断したものとなる。

(2) また民法七二四条にいう「損害」及び「加害者」を知つた時とは、本件について言えば原告において受傷の程度についての概要を知り、かつ被告会社も賠償義務者であることを知つたことが必要であつて、その時期は早くとも昭和四四年七月末頃以前ではあり得ないというべきである。

とくに本訴で原告が請求する入院中の損害と後遺症に伴う損害は、いずれも同年七月末以降になつてはじめて発生が予測されるようになつたものである点を考慮すれば、事故と同時に消滅時効が進行をはじめると解すべきではない。従つて右昭和四四年七月末より六ケ月以内に提起された本訴によつて消滅時効は中断された。

(3) 原告は、前記の如く、被告石井へしばしば請求してきたが、最終的に被告石井には支払能力もその意思もないことが判つたので、昭和四四年六月中旬実父佐藤寅蔵は原告を代理し、事故当時原告の上司であり、かつ被告会社を代理して原告との賠償に関する交渉や被告石井への請求を指導してきた被告会社平支店長に面接を求め、かつ昭和四四年七月二四日頃被告会社に到達した書面をもつて、最終的な損害賠償請求を行い、そのうえで、本訴の提起にいたつたものである。

それ故、本訴提起の時点では、右請求後六ケ月を経過していないから、これによつて時効は有効に中断している。

二 (承認)

(1) 仮りに、消滅時効の起算点が本件事故時たる昭和四一年七月六日から進行を始めると解しても、被告会社は本件損害賠償義務を次のごとく承認した。すなわち、被告会社は本件事故を知悉しており、原告が右事故時以後八ケ月以上の間入院治療を受け、欠勤した期間中も、被告石井の雇主ないし事故車の保有者として、原告に対し損害賠償の一部である休業補償費を給与の名目で支払つていて、本訴請求にかかる損害賠償請求権を承認したものである。

(2) 原告は、本件事故発生日である昭和四一年七月六日以後同四四年七月五日までの間再三再四被告会社に対し損害賠償請求を口頭で行つてきた。この間、被告会社は、原告の得べかりし利益(休業補償)を填補し、自己の損害賠償義務を履行し、原告の治療に労災保険の適用を指導し、許可している。したがつて賠償義務の存在を承諾していると言うべきであるから、これによつて時効は中断している。よつて、右休業補償を支払つた昭和四二年三月頃から更に三ケ年の消滅時効期間が進行するのだから、本訴提起後たる同四四年一〇月二八日には消滅時効は完成していない。

三 (共同不法行為者の一人に対する請求)

原告は被告石井に対して再三請求をつづけてきたが、昭和四四年四月一一日付及び昭和四四年五月二八日付書面〔証拠略〕で各催告をし、その頃右書面は同被告へ到達したが同被告から拒否の意思表明がなされた。

以上の各催告は、共同不法行為者の一人に対する請求に当るわけであるが、かような場合についても民法四三四条の適用があるから、最後の催告後六ケ月以内になされた被告会社に対する本訴の提起と相まつて、他の共同不法行為者たる被告会社に対する関係でも消滅時効は有効に中断されている。

2  被告石井に対して、

同被告の抗弁事実はすべて否認する。

第六再抗弁に対する被告会社の答弁

一  第五の1(二)の一ないし三の各主張は争う。

二  同一の消滅時効の起算点の主張について

原告の本件賠償請求権の消滅時効の起算点は昭和四一年七月六日である、本件の損害は右日時に全部の賠償請求権について時効が進行するのであつて、その後の個々の賠償請求権について進行するのではない、なぜなら原因事実は一個である。

三  同二の承認について、

原告は休業補償費を給与の名目で支払つたことはあるが、それが、原告の主張する債務の承認となるとの主張は争う。

債務の承認は債務の存在を認識して之を債権者に表示する法律行為である、従つて被告が休業補償費を支払つたからと言つて債務の承認にはならない。

四  原告は本件請求権の消滅時効の中断について民法第四三四条の適用があると主張するが、被告会社はこれを争う。

原告の被告に対する本訴請求は民法第七一五条に基くものである。同条は不法行為者の使用者としての責任を認めた特別規定であるから直接加害者である被告石井と連帯債務を負わない。従つて民法第四三四条の連帯債務の規定は適用がない。

第七証拠〔略〕

理由

一  原告と被告石井との間において、同被告が原告主張の日時頃その主張する場所で本件事故車を運転し、追突事故を起したこと、その助手席に原告が同乗していたこと、の各事実は争がなく、被告会社も以上の事実は明らかに争つていないから自白したものとみなす。

二  そこで、被告石井の右事故についての過失の点につき判断する。原告と被告ら間にその〔証拠略〕を総合すると、被告石井及び原告はもと被告会社に雇われ、ともに被告会社の販売する商品の配送などに従事していたものであるが、原告主張の日時場所を、被告石井は本件事故車を運転し、その助手席に原告及び訴外小林正和を同乗させて、時速約六〇キロメートルで勿来方面から平方面へ向けて国道六号線を北進中、前方から対向して来た軽自動車の前照灯に照射されて眩惑し、一時視力を奪われて前方の確認が困難になつたので、このような場合には、すぐ一時停止もしくは最徐行し、その視力が回復するのをまつて進行し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、前方に障害物の有無を確認しないまゝ、漫然同一速度で進行を継続した過失により進路前方左側にたまたま別の交通事故によつて停車していた普通貨物自動車(訴外高山光雄運転)を発見することが遅れ、約一〇メートルの至近距離にせまつて、初めて発見狼狙し、急停車の措置をとつたが間に合わず、右車両後部に本件事故車の前部を追突させて、その衝撃によつて助手席左端に同乗していた原告が受傷した事実を認定できる。右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告石井には本件追突事故につき過失があり、これによつて原告の受けた傷害について、民法七〇九条によつてその損害を賠償する責任がある。

三  次に原告の右事故により蒙つた傷害の部位、程度について判断する。

〔証拠略〕を総合すると、次の諸事実が認められる。すなわち、

原告は本件衝突の衝撃によつて、左股関節後方脱臼、左大腿骨頭骨折、左脛骨開放骨折等の傷害を蒙り、即日いわき市櫛田病院へ入院、昭和四一年九月一日まで五八日間同病院において入院加療を受け、同月二日郡山市太田綜合病院へ転院、同年一一月九日まで六九日間同病院において入院加療後、さらに予後の療法のため同上病院熱海分院に転院、昭和四二年二月二四日まで一〇七日間入院治療を受け、後記の如く症状が固定したので退院し、その後も他の医院へ通院加療を受けているが、後遺症として、現在、左股関節、左膝関節、左足関係に運動障害を、左大腿部に筋萎縮を、左下腿に後方凸の変形を各認め、そのうち足関節の運動範囲は、左側屈曲八〇度、伸展一四〇度、運動範囲六〇度、右側屈曲七〇度、伸展五五度、運動範囲八五度と計測され、この障害は、労働者災害補償保険法施行令別表(以下労災等級と略称する、自賠法施行令二条の別表と同趣旨)一二級の七に該当する後遺症と認められ、また左下腿の変形は労災等級一二級の八に該当する後遺症と認められること、従つて両障害を併合繰上げし同一一級の障害と判定されること、原告は右後遺障害によつて、その姿勢及び平地歩行には異常を認めないが、左股関節の内旋及び外旋運動に著るしい障害を残しており、内転及び外転運動にも障害が認められるためにあぐらをかくことは不可能であつて、その結果、職業としては、事務職あるいは屋内軽作業は可能であるが、屋外筋肉労働には適さないこと。前記障害は現在固定状態で、将来回復する見込は極めて少いこと。

四  被告会社が、本件事故車を保有していること、被告石井が被告会社の事業の執行につき本件事故車を運転したことは原告と被告会社間で争いがない。

ところで、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時運転助手として、助手席に同乗していたもので、運転免許証を取得しておらず、得意先における積荷の積み降ろし等の労務及び本件事故車の誘導等を担当していたが本件事故車の運転には全く関与していなかつた事実が認められ、また全証拠によるも、原告が本件事故を惹起するについての寄与した過失があつたとは認められないから、このような場合、原告は自賠法二条四項にいわゆる運転補助者にあたるとはいえ、なお同法三条本文の「他人」に該当するものと解するのを相当とする。

従つて、被告会社は本件事故車の保有者として、自賠法三条により、本件事故のため原告が蒙つた人損につき、その損害を賠償する責任を負うと言うべきである。

そこで、原告の主張するその余の帰責事由たる民法七一五条の使用者責任の請求原因事実、ならびに被告会社の抗争するこれに関する免責事由の存否については判断するまでもない筋合となる。

五  次に、被告らの抗弁について、順次判断する。

(1)  まず、被告石井の主張する原告の免除の意思表示の有無について考えるに、〔証拠略〕の一部には「原告が太田綜合病院熱海分院に移つてから、被告石井は被告会社平支店長らと一緒に原告の給料を持参し見舞に行つた際、原告は被告石井らに対し『おれは若いし示談なんていゝ。会社に戻れば働けるのだから。慰藉料はいらない』と言つていた。」という趣旨の供述部分があり、その際同被告と一緒に原告を見舞つた証人小林太良の証言の一部にも「その際原告は被告石井らに対し、『同じ会社にいるのだから、損害賠償とか補償などは心配しなくていゝ』と言つた」という趣旨の供述部分もあるが、いずれもその余の〔証拠略〕と対比すると、原告の右発言は、原告が入院療養中で、治療費その他の費用は負担せず、被告会社から給料の支給も受けて一日も早く被告会社の職場に復帰したいと願つていた時期であつて右負傷による損害程度が原告側にも明確に意識されておらず、被告石井側でも、単純な見舞のために赴いたゞけで、損害額に関する話合いは一切されていないことがうかがえるから、従つて本件事故の損害を免除する趣旨の示談をするための話合いではなく、原告の右発言も「全快して被告会社へ帰つて働けるようになれば、損害賠償などの問題もなくなる」という軽い意見を述べた趣旨と解すべきである。

そこで〔証拠略〕ならびに〔証拠略〕と対比すると、原告にたとえ前記のような発言があつたとしても、これを以て原告が本件事故にもとづく損害賠償請求権を免除する意思表示をなしたとは到底認め難い。右認定を左右するに足りる証拠はない。

よつて、被告石井の免除の抗弁は採用できない。

(2)  次に、被告会社の消滅時効の抗弁について考える。

本件交通事故は、昭和四一年七月六日発生したものであるが、後遺症による損害賠償請求権については、その短期消滅時効の起算点、すなわち、民法七二四条にいう「損害ヲ知リタル時」とは、被害者が後遺症の発現を知つた時と解するを相当とするから、右事故発生時より時効期間が進行を始めると解するのは相当でない。そこで本件において、その消滅時効の起算点が何時かを見るに〔証拠略〕によると、原告は本件交通事故による受傷後直ちに、いわき市勿来櫛田病院に入院加療を受け、当初全治まで七〇日間を要する傷害と診断されていたところ、治療担当の医師間で、診断所見に食い違いがあるのを知つて原告は不安を覚え、郡山市太田綜合病院へ昭和四一年九月二日転院し、同年一一月九日まで入院、さらに後療法のため同病院熱海分院に転院、同四二年二月二四日同病院を退院、同年四月頃被告会社平支店の職場へ復帰し、身体の障害を考慮して、軽易な作業として暫く倉庫係をさせられていたことが認められる。

〔証拠略〕によれば、太田綜合病院熱海分院へ入院したのは後療法、すなわち主として運動機能の回復訓練にあつたものとうかがうことができるから、その転院時点において、原告が本件事故によつて蒙つた外傷等の治療は一応終り、前記認定の身体障害すなわち後遺症として固着するに至つたものと認めるを相当とし、従つて原告が後遺症の発現を知つた時点は、早くとも右転院の時たる昭和四一年一一月九日過と解するのが相当である。

そこで、原告が本件損害賠償請求訴訟を被告らに提起したのは昭和四四年一〇月二八日であることは、本件記録上明らかであるから、右裁判上の請求によつて後遺症関係の損害賠償請求権については短期消滅時効は中断され、時効は完成しないことゝなる。従つて、原告の請求する逸失利益、ならびに慰藉料のうち後遺障害分についての損害賠償請求権は、いずれも後遺症にもとづく請求であるから、以上の理由によつて、被告会社の消滅時効完成の抗弁は採用できない。

(3)  しかしながら原告の請求する入院期間中の慰藉料請求権については、本件事故の時からその進行を始めると解すべきである。すなわち、民法七二四条の「損害ヲ知ル」とは、被害者が他人の違法な行為によつて損害の生じた事実を知れば足り、必ずしもその損害の程度又は金額を了知することを要しないからであり、また「加害者ヲ知リタル時」とは、使用者責任の場合においては、被害者において、その損害が事業の執行について加えられたものであることを知り、かつ事業主たる使用者その人を知つた時と解すべきであるから、前第二項で認定した事実に照らすと原告は、本件事故のときに「損害及ビ加害者ヲ知」つたと推認するに難くない。右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、入院期間中の慰藉料請求権の消滅時効は本件事故の時たる昭和四一年七月六日から進行を開始したと解するを相当とする。とするならば前記認定の本訴提起時たる昭和四四年一〇月二八日には既に三年の期間を経過していることは明らかである。

原告が、本件事故後三年内で本訴提起前六ケ月以内、すなわち昭和四四年四月二七日から同年七月五日までの間に被告会社に対し、原告もしくはその代理人をして書面もしくは口頭で催告をしたという事実については、原告の提出援用するすべての証拠を精査してみても、これを認めることのできる証拠はない。さらに原告は、被告石井に対する右要件を具えた催告があり、その後六ケ月以内になされた本訴提起は、共同不法行為者の一人に対する請求にあたるから、共同不法行為に適用される民法四三四条によつて、他の共同不法行為者である被告会社に対し時効中断の効力があると抗争するが、被告石井と被告会社との関係は、本件事故車の運転者とその保有者もしくは使用者と被用者の関係にとゞまり、共同の過失行為というものが存しないから、共同不法行為者といえず、従つて両者の責任の関連も同法七一九条一項本文に定める「各自連帯シテ其賠償ノ責ニ任ス」る者とまでは言えず、被告会社は被告石井とゝもに講学上のいわゆる不真正連帯債務を負うにすぎない。両責任は各自別個の債務で、連帯債務に関する規定の準用はないと解すべきであるから、民法四三四条の準用もないと言わざるを得ない。

そこで、被告石井に対し、原告が主張するような催告があつたとしても、被告会社に対する消滅時効の中断の関係においては何らの効力を及ぼすものではないから、右主張も採用できない。

(4)  さらに、原告の主張する承認の点について考えるに、被告会社が原告の事故による入院治療中、欠勤した期間原告に対し給料を支払つたこと、および被告石井に対して損害賠償請求をさせたこと、ならびに原告の治療に労災保険の適用を指導したことなどの各事実がかりに存在したとしても、それのみでは被告会社が自己の損害賠償責任を認めて、賠償請求権が存在することを知つている旨表示したものと解するには十分でなく、その他原告の提出援用にかゝるすべての証拠を調べてみても、被告会社が原告に対し、承認をなした事実を認めることはできない。従つて、原告の再抗弁にかゝる時効の中断の事実は、いずれもこれを採用できないから、原告の被告会社に対する慰藉料請求権は、入院期間中のそれに限り、短期消滅時効が完成し、消滅したものと言うべきである。

六  最後に、損害賠償の額について判断する。

(1)  治療期間中の慰藉料 金七〇万円

右請求権は、被告会社に対しては、前述のごとく時効によつて消滅したものと解せられるが、被告石井に対してはなお存するものであるから、その額につき考えるに、前記三において認定した原告の蒙つた傷害の部位程度、入院日数、通院日数、同被告の過失の程度、原告が同乗者であつたこと等諸般の事情を考慮すると、金七〇万円の支払をもつて、その精神的苦痛は慰藉されるものと認められる。

(2)  労働能力低下による逸失利益 金一二〇万円

原告には、前記三で認定の後遺障害が現に存するところ、原告と被告会社間で成立に争いなく、原告と被告石井との間で〔証拠略〕を総合すると、原告は昭和四一年三月八日被告会社へ入社し、その時点での給与は一ケ月金一万五〇〇〇円であつたが、もし本件事故なくして被告会社に継続して勤務したとするならば、昭和四七年九月現在で一ケ月金五万〇〇六〇円に昇給したであろうこと、原告は被告会社に倉庫係として復帰し出・入庫商品の検数、記帳等の軽作業にのみ従事すべきことを命ぜられ、これを期待していたところ、現実には、商品の入出庫、積み降ろし等の力作業を手伝わざるを得なくなつたので、その作業に耐えなかつたゝめ昭和四二年四月頃退社し、商業高校卒で簿記算盤の資格を有していたので、某会計事務所へ勤め月収約一万八〇〇〇円を得ていたが、同四三年三月郡山女子大学へ転職し、計理事務に従事し、月収二万七〇〇〇円を得るに至り、同四五年一二月さらに京和商事株式会社へ入社し、経理事務を担当し、当初月収二万八〇〇〇円であつたが昇給し、昭和四七年五月頃は月収五万三〇〇〇円を得るに至つていることおよび原告は前記後遺症の障害を克服するため同四二年一〇月頃普通自動車免許を取得し、自動車で通勤していること、の各事実が認められる。

従つて、形式的に単純な比較をすると、原告の現在の収入は、本件事故なくして被告会社に継続して勤務したとすれば得られたであろう収入額よりも若干上廻つているから、その点で、現実の経済的損失は無いとの見方もできるが、しかし、後遺障害によつて労働能力が低下した場合には、その労働能力の低下自体が、まさしく真に評価さるべき損害なのであつて、現実の収益の差は、その金銭的算定にあたつて明瞭な結論に導く有力な資料ではあるけれども、差異がなかつたと言うことだけで、たゞちに上記の損害がなかつた、あるいは消失したと評価することは当を得ないこともまた明瞭である。

労働能力の低下はあるが、現実の収益の差として顕われるまでには至つていない本件のような場合、その能力の低下自体を評価し、算定するには、その傷害の部位、程度、一般にその傷害が筋肉的な労働の量に影響を及ぼす減弱の程度、その後遺障害のため受ける職業上の制約、就労方法の限定、現実に就業している職業における健康な同僚と比較した昇給昇進等待遇上の不利益、障害の将来における回復ないし改善の見込み等を総合考察して、同様な職種に従事する同一年令の男子従業員の稼働能力を一〇〇とした場合の当該障害者のハンデイキヤツプを客観的に量定するのが相当である。この場合当該障害者が現存する客観的な障害を克服するため、主観的に通常人に勝る努力を続けた結果、その就労する職種においては、現に健康な就労者と異ならないという評価、すなわち同一賃金を得ていても、その点は考慮すべきではない。

そこで、本件についてみるに、原告の後遺障害は、前記認定の如く、その姿勢及び平地歩行には異常を認めないが、あぐらをかくことは不可能であつて、その結果事務職あるいは屋内軽作業は可能であるが、屋外筋肉労働には適さず、結局労災等級一一級の障害と判定される程度の後遺症であること、右等級に該当する障害は、労働基準局長通達による労働能力喪失率表によれば、喪失率は二〇パーセントであるとされ、この喪失割合はとくに筋肉労働の低下の割合に適応するものと解されること、原告の現に就業する職種は経理事務職で、肉体労働を主とするものではないから、上記二〇パーセントに及ぶ稼働能力の喪失があるとは認められないが、〔証拠略〕によれば、地方中少企業に就業しているのであるから、上記の障害は就労方法に相応の制約をまぬがれず、従つて勤務成績にも相当影響を及ぼす肉体的欠陥とみることができ、現在はともかく将来高年令に達するときは具体的な職種への昇進の制限も考え得られないではなく、その結果昇進昇給上の不利益もあると解せられること、労働省労働統計調査部編「賃金センサス」昭和四三年全国個人別賃金、産業別大分類に従うと、新高卒の二一才の男子の平均賃金は、月額金三万四〇〇〇円、年間賞与額は金九万二八〇〇円であることが認められ、近年一般の停年とみられる満六〇才までなお稼働可能と認むべきであるが、その間三九年間にわたり、原告の上記の障害は改善をみられぬものであること、上記認定により明らかであるので、そうすると原告が筋肉労働を主とする者であると仮定すれば、一般にその間の逸失利益の現価は、

{(三万四二〇〇円×一二ケ月)+九万二八〇〇円}×〇・二〇×二一・三〇九二=二一四万四五五八円、

となる。

原告の場合、その職種が経理事務であることを考慮にいれ右の主として筋肉労働に従事する者一般の逸失利益を参照し、その他上記認定の諸般の事情を綜合すると、原告の稼働能力低下による上記の意味での損害は、本件口頭弁論終結時たる昭和四九年一月当時の現価で金一二〇万円であると認めるのが相当である。損害が右金額を超えることを認めるに足りる証拠はない。

(3)  後遺症障害の慰藉料 金四〇万円

原告の後遺障害は前記認定のとおり労災等級一一級に該当するところ、原告の年令、職業、その回復の見込が極めて少いこと、その他諸般の事情を考慮すると、原告の受けた精神的苦痛は、金四〇万円を以て一応慰藉されるものと認めるのが相当である。

七  以上認定のとおりであるから、被告会社の短期消滅時効援用の抗弁のうち、入院期間中の慰藉料の部分金七〇万円につき、消滅時抗の完成を認めるの外、その余の被告らの各抗弁はいずれも理由がないのでこれを排斥し、結局被告会社は原告に対し労働能力低下による逸失利益の損害賠償として金一二〇万円および後遺障害に対する慰藉料金四〇万円、ならびに右各損害賠償債権は本件口頭弁論終結の翌日たる昭和四九年一月一九日以降遅滞に陥つていると解すべきであるから同日以降右金員の支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、この部分の請求は理由があるので認容するが、右部分を超える原告の被告会社に対する請求部分は失当であるのでこれを棄却すべく、また被告石井は原告に対し、入院中の慰藉料として金七〇万円、ならびに労働能力低下による逸失利益および後遺障害の慰藉料合計金一六〇万円および前者については、本件不法行為後であつてその遅滞となつていることが明らかである原告の請求にかゝる昭和四五年一月一日から、後者については前述の理由から、本件口頭弁論終結の翌日たる昭和四九年一月一九日より、それぞれの金員支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなす義務があるので、右範囲の請求は理由があるからこれを認容するが、その範囲を超える原告の被告石井に対する請求部分は失当であるのでこれを棄却すべく、訴訟費用については同法八九条、九二条本文九三条一項本文を、仮執行宣言については各一九六条一項を各適用し、被告石井の仮執行免脱の宣言については適当でないと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 林田益太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例